京都御所の産土神社「下御霊神社」の崇敬会に入会しました
先日、京都御所の産土神社である下御霊神社に参拝し、その場で崇敬会へ入会させていただきました。
明治維新後、我が国では氏族制度解体と「国家神道」体制整備(氏子調等)が進められた結果、「産土神社」と「氏神神社」とが混同されてしまっています。
本来、産土神社は「土地を管理する神」を祀る神社であり、氏神神社は「氏族の祖先神」を祀る神社です。地方では地元の有力者が自身の氏神を産土として祀ることが少なくなかったため、この両者が混同されるようになったのだと思います。
いわゆる「国家神道」というか、内務省による神社管理政策には、様々な弊害が生まれました。氏族制度の解体により氏神が産土神の同義語になってしまったのもそうですが、仏教や教派神道と神社神道が杓子規定に分離されたことも大きな弊害であると考えます。
国家が信仰に干渉するような時代を二度と招いてはいけません。最近の日本会議の動きなどを見ていると、戦前の過ちを再び繰り返してしまうのではないか、と、一抹の不安を抱きます。
神仏習合に関連して言うと、今でも多くの日本人が信仰を聞かれると「仏教」と答えます。お宮参りや初詣に神社参拝を熱心に行う人ですら「仏教徒」と自認する方は少なくありません。そのことを「宗教的節操がない」と上から目線で非難する方もいますが、私は逆に、これこそが本来の在り方であると考えているのです。
日本の神社の神々はgodではなくdeityです。そして、日本では神社の祭神に人間と同じ位階が与えられるなど、神々と人間は本質的に平等なのです。
今の日本でも偉人が亡くなると天皇陛下から位階を授けられます。地元に貢献した方にも位階が授けられることがあります。神社の神々への崇敬は、尊敬する人や地元の名士に頭を下げるようなものです。
京都御所や公家町の産土神社である下御霊神社は、非業の死を遂げた古代の政治家が祀られています。彼らは政争には破れましたが、天皇陛下への忠誠心は篤く、京都御所一体を守られているのです。
下御霊神社の祭殿はかつての仮皇居の賢所の建物が下賜されたものです。
神社には様々な政治家のポスターが貼ってありますが、この中には立憲民主党の広報掲示板もあります。
神社本庁は戦前のいわゆる「国家神道」を否定しているはずですが、残念ながら一部の神社では自民党や日本会議に対する一方的な支援が見られます。そうした中、中立的な立場を取り立憲民主党にも好意的な下御霊神社の良識が輝いています。
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