「身を切る改革」で本当にいいの?たつの市議会には”中選挙区制”導入を!

 今日は立春です。言葉の意味からすると、今日こそが「新春」となります。

 私はこの「新春」に市議会議員選挙制度改革を求めるビラのポスティングを始めました。

 たつの市議会では、新宮町(人口1万3484人)から6人の議員が当選している一方、より人口の多い龍野町(同1万8621人)からは2人の議員しか当選していません。

 しかも、同じ新宮町でも東栗栖地域と越部地域(南新宮)は0人であり、新宮地域(中新宮、同4163人)から4人もの議員を輩出している状態です。しかも、その内3人は大字新宮から出ています。

 一方、私の住むたつの町小宅地域(同1万4805人)からは1人しか議員が出ていません。

 つまり、小宅は中新宮の3倍以上の人口であるにもかかわらず、議員数は逆に三分の一なのです。

 その理由は、たつの市を含む多くの自治体で用いられている「大選挙区制」と言う選挙制度にあります。

 大選挙区制と言うのは、自治体全体を一つの選挙区とする選挙制度で、市全体で上位の得票者から定数分当選します。

 簡単に言うと、定数が20人であれば上位20位の候補者が全員当選する訳です。

 一見すると「20位の候補者も当選すると言うことは、多様な意見を反映できていいではないか!」という声も聞こえてきそうですが、まず「1位の候補者」と「20位の候補者」とが”同じ議席”であると言うのは本当に公平なのか、と言う問題が生じます。

 さらに、20位でも当選すると言うことは、広く市全体の有権者の支持を集めようとするよりも、一部の自治会や業界団体の票を固めた方が「当選しやすい」状態になる訳です。

 私の住んでいる小宅地域はたつの市の中では人口が多いですが、一方で「自治会が弱い」という特徴もあります。なので、小宅よりも人数が少ない地域の方が多数の議員を当選させているのです。

 無論、市議会議員は「市全体」の代表者です。なので「大選挙区制は理に適っている!」と言う意見もあるでしょう。

 しかしながら、実は今、そうした主張が現実から乖離してしまっています。その原因が「身を切る改革」です。

 奇しくも本日、ネットニュースサイト『選報日本』様において「身を切る改革」に反対し「議員定数増員」を訴える私の記事が掲載されました。

 この記事は一票の格差に焦点を当てたものですが、ここでは私の地元であるたつの市に焦点を当てて説明します。

 たつの市は平成の大合併により、旧龍野市よりも人口も面積も遥かに「大きく」なっています。

 ところが、次期市議選から議員定数が削減され、旧龍野市よりも議員の数が少なくなってしまいます。

 議員も人間です。昔よりも広い人口と面積の地域を、昔よりも少ない人数で把握する、等と言うことが出来ると本気で思っている方がいれば、その正気を疑います。

 現在、たつの市では選出議員が0人の地域に住む人口が2割以上を占めています。0人または1人の地域となると人口で60.51%、面積で73.9%です。

 つまり、一部の自治会や業界団体の意見ばかりが反映される市議会になっているのです。これは大選挙区制だと必然的に起きる現象です。

 もしも市議会議員の皆様に「全ての自治会の意見を聞いてくれ!」とか「全ての業界の意見を聞いてくれ!」とか「全ての住民の意見を聞いてくれ!」と言ったところで、「昔よりも人数が減らされているのに、昔よりも広い地域をどうやって?」と言うのが、彼らの”偽りなき本音”となるでしょう。

 これを防ぐためには、各地域毎に数人の議員を輩出する「中選挙区制」を導入することが不可欠です。

 中選挙区制になると、大選挙区制の場合とは異なり

・20位の候補者は当選できません(一部の業界からしか人気のない候補は落ちます)

・より地域に密着しないと当選できません(効率的に市民の声を聴くことに繋がります)

・自治会の弱い地域からも当選者が出ます(同時に自治会活動に熱心でない住民の声も反映されやすくなります)

と言ったメリットがあります。

 無論、中選挙区制を導入すると必然的に大選挙区制の頃よりも定数は多くなりますが、そもそも「市町村合併を経たのに、合併前よりも議員定数が少ない」現状が可笑しいのです。

 現在は『地方自治法』の改正により市町村議会の定数の上限が撤廃されている他、中選挙区制導入も条例を制定すれば可能となっています。

 市町村合併による同種の問題は他の市でも起きているはずです。たつの市が先頭になって市議会議員選挙改革を行えるように訴えていきたいと考えます。

日野智貴オフィシャルサイト

日野智貴の公式サイトです。西はりま立憲主義者の会代表。

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